区内探訪・区外探訪

旭ガイドボランティアの会では、色々な施設を訪ねて、研修を重ねています。その内容を写真と共に随時お知らせするコーナーです。


よこはま動物園「ズーラシア アフリカサバンナ」 2016-4-27

 

「アフリカのサバンナ」ゾーンが全面オープンして一年。

 最近「ミーアキャット」や「テングザル」に可愛い赤ちゃんが誕生して益々人気のようです。

 

「全国都市緑化よこはまフェア」が2017-3-25~6-4まで開催されます。

そのため、ズーラシアの森は工事中で、一部通行できなくなっていますが、5月の公募ウォークに向け下見しました。

 

 「全国都市緑化よこはまフエア」とは、都市緑化意識の高揚や都市緑化に関する知識の普及を図ることにより、緑豊かな潤いのある都市づくりに寄与することを目的として開催される花と緑の祭典です。

 公園などの魅力ある花と緑の資源にさらに磨きをかけ、美しい『ガーデン』づくりを行います。これらが一体に回遊できるよう「ネックレス」のようにつながり、横浜の歴史や文化、緑の取り組みなど、まち、人、時をつなぎ、美しい横浜を表現するものです。

 


横浜市繁殖センター 2016-4-16

 

横浜市繁殖センターは、平成11年4月に横浜市立よこはま動物園(ズーラシア)の敷地内に開設されました。

敷地面積は3.7haで、当センターは、希少野生動物の飼育・繁殖と、種の保存にかかわる調査・研究を目的として作られた施設で、通常一般には公開されていません。

現在は、マレーパグ、カンムリシロムク、カグー、ホオアカトキ、コンゴクジャク、ミソゴイ、スバールバルライチョウなどの飼育・繁殖などに取り組んでいます。

 


清来寺(今宿南町) 2015-11-18

 

清来寺は上川井の長源寺に次いで区内では二番目に古い寺です。

古くは、琵琶湖から厚木に移り現在の所には寛永年間(1624)に移されたと伝えます。

清来寺には、畠山重忠公の武勇を伝える「夏野の露」と云う絵巻が保存されています。当寺19代曽我宥欽住職が智仁勇を兼ね備えた重忠公の遺徳を長く後世に残すために、吾妻鏡や武蔵風土記、重忠の遺跡、昔からの言い伝えなどを基に作ったと云われています。

 その、「夏野の露」を拝観させて頂けることになり総勢19名で出かけました。

 

 


神奈川県立公文書館のアーカイブス講座を受講しました。 2015-9-6

第一部 二俣川合併騒動記 =県内の町村合併の一断面=

    講師 薄井達雄先生

第二分 物騒でない鉄砲の話 =江戸時代から現代まで=

    講師 平尾直樹先生

 

二俣川(河)という名が初めて文書で確認できるのは、鎌倉幕府が編纂した公式史書「吾妻鏡」といわれ、「午剋著於武蔵国

二俣河、相逢千重忠」とあります。


 御嶽神社 (東京都青梅市) 2015-7-18

標高929mの御嶽山の山頂に武蔵御嶽神社が鎮座し、畠山重忠公が奉納したと云われる国宝の「赤糸威大鎧」や愛馬「三日月」に跨る重忠像が宝物殿前にあります。

創立は、崇神天皇の時代とも安閑天皇の時代とも言われていますが、神話によると日本武尊が東方征伐の折、御嶽山を越えようとしたときに、邪神が白鹿となり、道を遮ったが白狼が現れて救ったことから白狼に山頂の守護を命じた。とあります。

しかし今は、真っ黒い精悍な姿の犬(狼)大口真神が祀られています。その遠吠えは畑を荒らす猪や鹿を寄せ付けなかったと云われています。

 また、行基が蔵王権現の像を納めたことから神仏を合祀する霊山になったとされる。以来、関東地方の山岳信仰の中心地の一つとなっています。


岩船山 高勝寺 (栃木県)  2015-7-18

旭区内に岩船地蔵と云われる地蔵尊が6体確認されています。

①矢指町 ②白根不動境内 ③長源寺入口 ④上白根稲荷社入口

⑤川井本町 ⑥三仏寺

以上の6体です。

 その6体の地蔵尊の本山である岩船山高勝寺を訪ねてきました。

岩船山の由来

岩船山は、死者の霊の集まる処、霊魂の集まる処、霊魂の故郷と云われています。

 昔々、先住民族に岩肌の出た高い山に霊魂が集まると云う宗教があった。山全体が船の形をしている処から、岩船山と云われており、本堂のある方が船の先の方、賽の河原のある方が後方で、その中間に仁王門がある。本尊の地蔵尊は生身の地蔵と云い、死者を暖かくふところに抱いてくれると同時に、子授け、子育て、安産の地蔵尊である。この本尊の由来こそ岩船山の由来です。

高勝寺の賽の河原

昔、年貢米を納めると飯米はほとんど残ることなく農民は生活に窮して、子供を産む余力さえ失せていた。まして女の子は労働力にはならず、飢餓や、疫病や年貢の食いぶち減らしのため身売りの運命が待っていたと云う。

「そんな苦労をさせるより、産声を上げる前にあの世に送ったなら」と、はかない気休めのもとにせっかくの子を見殺さなければならない悲しい親たちにとって、岩船のお地蔵さんのお救いによってあの世で幸せになるか、豊かな家への転生を祈るのが精一杯の願いであった。

 江戸時代になり、こうした岩船地蔵尊の信仰が、急速に広がり関東一円を風靡した。その名残が各地に残る岩船念仏に窺い知ることができると云う。

 旭区内にある6地蔵の口伝とは少々異なっているがそんな悲しい物語が底流にあるとすれば、旭区で生活をする私たちもしっかり受け止めねばなりません。区内の岩船地蔵は、子育て地蔵、子安地蔵、子授け地蔵、イボトリ地蔵等です。


「みなくる研修・交流会」 2015-6-27 〈とことんしゃべくりカフェ〉

 

みなくる研修・交流会が27日旭区役所新館 大会議室に於いて、講師に竹迫和代氏を迎え開催されました。

参加者は、登録団体27名、アドバイザー17名、あさひみらい塾修了生15名の総勢59名が一堂に会し、13:30~16:30まで

3時間にわたり行われました。

旭ガイドボランティの会をしっかりPRしてきました。


MM21地区  2015-6-24

横浜で外国人旅行者が激増しているMM21地区をウォークしました。今日はウィークデイというのにあちこちで外国語が飛び交う円安効果を実体験しました。参加者16名

 

コース

県民ホール出発→山下公園→西洋理髪発祥の碑→インド水塔→大桟橋→赤レンガ倉庫→海上保安資料館→象の鼻パーク→旧横浜港駅プラットホーム→日本丸メモリアルパーク→桜木町駅解散

 

 


第二回 鎌倉探訪 2015-6-15

紫陽花の見ごろを迎えて、鎌倉は何処も大変な賑いでしたが、

来年度の鎌倉ウォーキングを模索するなか、二度目となる鎌倉研修を行いました。

 

コース

鎌倉駅→畠山重保の墓→和田義盛の墓→極楽寺→成就院→御霊神社→佐助稲荷→銭洗弁財天→源氏山公園→化粧坂切通→寿福寺→八幡宮→重忠公屋敷跡→白旗神社→頼朝の墓→大仏次郎茶亭→鎌倉駅

畠山重保の墓
畠山重保の墓
和田義盛の墓
和田義盛の墓
虚空蔵堂(成就院下)
虚空蔵堂(成就院下)
今が見頃の紫陽花(御霊神社)
今が見頃の紫陽花(御霊神社)


江の電と紫陽花
江の電と紫陽花
文覚上人荒行像(成就院)
文覚上人荒行像(成就院)
導地蔵→お参りをすると極楽浄土にお導き下さるとか(極楽寺際)
導地蔵→お参りをすると極楽浄土にお導き下さるとか(極楽寺際)
佐助稲荷
佐助稲荷


太田道灌の墓
太田道灌の墓
寿福寺
寿福寺
政子の墓
政子の墓
実朝の墓
実朝の墓


君が代に「さざれ石の巌となりて・・」と詠われる さざれ石。
君が代に「さざれ石の巌となりて・・」と詠われる さざれ石。
大仏次郎茶亭
大仏次郎茶亭
頼朝の墓
頼朝の墓


旭区民活動センター「みなくる」 2013-11-27 講師 田嶋弘先生」(郷土史家)

   「石仏・石塔について」

   ①信心や供養ということ

   ②仏

   ③お地蔵さん

   ④石仏・石塔

以上四項目について講演をして頂きました。


金子量重先生
金子量重先生

 

 日本文化の源流と神社の話」伊勢神宮と出雲大社の遷宮〉講師 金子量重氏

 

講師のプロフィール

大妻女子大学、韓国梨花女子大学、中国中央民族大学でアジアの民俗造形を講義。外務省、文化庁、ユネスコ「アジア太平洋伝統文化保存国際会議工芸部会長を務める。

主な著書に「芹沢銈介全集」全31巻、中央公論社

 「日本とアジアー生活の造形」61名のアジア研究者の対

  談集全8巻 学生社。

 「民族造形学序説」芙蓉書房。

 「アジアの民俗造形」全3巻 毎日新聞社等がある。

 

古くは、神話のスサノオ命から、日本民族の成り立ち、伊勢神宮は穀倉が源流で、出雲大社は住居が源流で、神社の象徴である鳥居はタイ・アカ族の「ロッコーン」が源流とする金子先生の論考は説得力があり、88才には見えない力強さがあり受講生一同感心することしきりでした。

受講生の席まで行って説明をする先生
受講生の席まで行って説明をする先生


ほどがや市民活動センター アワーズ 2013-8-10

高橋氏
高橋氏

講師 高橋千劔破氏 「幕末から明治維新へ」

    講師のプロフィール

 月刊「歴史読本」編集長

    日本ペンクラブ常務理事

    大衆文学研究会幹事長 

    人物往来社取締役編集局長を経て96年退社著書に「歴史を動かした女たち」「歴史を動かした男たち」「赤穂浪士」「花鳥風月の日本史」「江戸の旅人」「歴史と文学の回廊」「忠臣蔵銘々伝」「遠藤周作歴史小説集」「会津士魂」等多数

 

 幕末の政局の中で、重要な位置を占め、激動の歴史を作った会津藩であったが、明治の世となると逆賊の汚名を着せられた松平容保、まさに勝てば官軍ですが? 敗者側からみる戊辰戦争は大変興味深いものがありました。

    NHKの大河ドラマ「八重のさくら」が放映中でありまさに旬な話題であり、幕末から明治維新を楽しく知ることができました。今回は、ほどがやガイドボランティアの会の皆さんと一緒の勉強会でした。

アワーズの受講者たち
アワーズの受講者たち


上白根の古老を訪ねて  於上白根コミニティイハウス

 

 上白根幼稚園のオーナーであり、ご当地の歴史に精通されている岩崎保氏を訪ねて、白根村今昔のお話を聞く機会を得て楽しく勉強することができました。

 昭和3年生まれと云う岩崎さん。郷土史には貌を出さない部分の生きた歴史を会員一同聞くことができました。

ありがとうございました。

熱弁を奮う岩崎氏
熱弁を奮う岩崎氏
岩崎保氏を囲んで
岩崎保氏を囲んで


横浜市繁殖センター(横浜動物の森公園内)H25-4-12

 

 横浜市繁殖センターは平成11年4月に開設されました。

敷地面積3.7haで横浜動物園(ズーラシア)から1.5Km奥にありますが、一般的には非公開です。飼育棟では絶滅に瀕する野生動物を繁殖させ累代的に継続することを行っています。

現在、マレーバグ、カンムリシロムク、カグー、ホオアカトキ等の希少動物の繁殖に取り組んでおり、野生動物生態の基礎研究や配偶子の凍結保存も行っています。

このような本格的施設が動物園のために作られたのは国内初の試みとのことです。


緑のリサイクルプラント(横浜動物の森公園)H25-4-12

 リサイクルプラントでは、従来焼却されていた動物園、公園、街路樹等から発生する選定枝をチップや堆肥化して再利用するための施設で、平成18年3月から稼働しました。敷地面積は12000㎡、処理能力は4.800トン/年で、リサイクルした堆肥を「はまっ子ユーキ」の名称で販売しています。

非常に安価にて提供されています。

堆肥「はまっ子ユーキ」の価格。

 袋詰め(10kg)が200円

 ばら積み 55円/10kg


曹洞宗 川島山 随流院 平成25年3月12日

 

 随流院は、保土ヶ谷にあるお寺さんですが、昭和52年に廃寺になった禅導庵(旭区西川島町)の本尊である釈迦如来坐像が奉納されていますので拝観させていただきながら、当寺の寺宝なども拝見し、和尚さんより仏道の貴重な法話やら地域の昔話など拝聴し、会員一同研鑽を積んできました。

禁葷酒の碑(葷酒山門に入るを許さず)
禁葷酒の碑(葷酒山門に入るを許さず)
禅導庵の本尊釈迦如来坐像
禅導庵の本尊釈迦如来坐像
御朱印證箱を守るタマ。
御朱印證箱を守るタマ。


川井浄水場  平成25年1月16日

横浜の水道は、わが国最初の近代水道として明治20年に(1887)に創設されました。

その時、中間点の川井(亀甲山)には接合制井が築造されました。それから10年後、横浜の発展に伴い、第一回拡張工事(明治30~34)が施行され、現在の中区山手方面(高台の外国人居留地)に給水するため、明治34年(1901)川井接合井に浄水場が完成しました。

 これが川井浄水場の始まりで、横浜市に現存するもっとも古い浄水場で明治34年から飲み水を造り続けていることになります。

川井浄水場で造られた水は、旭区をはじめ瀬谷区、青葉区方面に給水しています。

 横浜は開港後、人口の急激な増加に飲み水が追い付かず極度の水不足に陥りました。追い打ちをかけるように伝染病のコレラの流行もあり、水を桶に入れて売り歩く「水屋」が商売になっていました。当時、米が一升 一銭五厘、水が一升 一銭でした。野毛辺りで水を仕入れては関内、居留地あたりで売り歩き大変な人気だったということです。

 県の要請でイギリスのS.H.パーマーに水道に関する調査、設計を依頼し、それに基づいて、明治20年日本に初めて近代水道がもたらされたのです。

 

 旭区内あちこちにある水道道はその名残です。

 

近代水道初期の水道管
近代水道初期の水道管
説明を受ける会員達
説明を受ける会員達
薬物攻撃に備えてメダカが飼育されている
薬物攻撃に備えてメダカが飼育されている


 真言宗・川井山・長源寺 平成24年8月29日 長源寺さんは区内では最も古いお寺さんです。

 

☆長源寺さんで研修会を開催。

 香時計(常香炉盤)と地獄・極楽絵図を見せていただきました。

 

真言宗・川井山長源寺(上川井町)さんに文化3年(1806)から伝わる香時計を拝見しました。仏具の一種で「常香盤」「常香炉盤」と云われるもので、長時間香を炊くことができるように工夫されたものです。本来は、諸仏の供養のために使われたようです。

 香時計は、香の盛り方によって時間の正確さが失われるため寺院では、時計としての利用は殆どなかったようですが、

 寺院の内陣は浄土であり、浄土の必要条件は

①清潔(綺麗)であること。 掃除が行き届いていること

②香りが上級であること。  香のかおりが常にあること

③花に囲まれていること。  浄土の雰囲気を保つこと。

 これら三つの条件を満たすための②の上級な香り保つために利用されることが多かったようです。

近年、お香も品質改良が進み長源寺さんでは、「常香炉盤」が使われることはなかったようですが、寺宝仏具として大切に収蔵されています。 

 又、地獄極楽絵図を拝見しながら、和尚の説明を拝聴し、人間は釈迦のあの大きな懐に抱かれるには、何をしなければいけないのか? どんな行動をすべきか? なにを守らなければいけないのか、しっかりと胸に刻んだ三時間でした。 

  ありがとうございました。

 

(ネット情報)

千葉県南房総市の長谷山延命寺にも同じ絵図(16枚)の掛軸が保存されている。天明4年(1784)江府の宗庵という画工によって描かれたものであると云われている。

毎年8月16日に本堂に展示し一般公開されてる。

ちなみに戦国時代、この地域一帯に勢力を広げた里見氏関係の資料が現存されていて、里見一族と禅宗の関わりが伺い知る事ができる。

文化3年(1806)の銘のある蓋で説明する和尚、手前にあるのが常香炉盤
文化3年(1806)の銘のある蓋で説明する和尚、手前にあるのが常香炉盤
香型で溝をつくり常香炉盤に抹香を落とす
香型で溝をつくり常香炉盤に抹香を落とす
香型の上に香を盛る。この模様を四隅に作ると卍模様になる
香型の上に香を盛る。この模様を四隅に作ると卍模様になる
香に点火し燃えている長さで時間の目安になるところから香時計と云われる。
香に点火し燃えている長さで時間の目安になるところから香時計と云われる。